World Digger

ワインとかITとかとか。

高級ワインは美味しく無いのか?

今年の正月も、芸能人格付けでワイン話が盛り上がっている。

togetter.com

ワイン好きとして、盛り上がるのは大いに嬉しいところだけど、反知性主義か金持ち嫌いのついでに、ワインがdisられて誤解が広まるのは大変残念なので、なんか毎年恒例になりつつあるけどワインを飲んでる側からの説明を書く。

 

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1982のペトリュスやルパンやトロタノワなど、右岸会

 

ちなみにこれは2018年の話;

nanoha3.hatenablog.com

 

Index;

大多数が美味しいと思うものが世の中にはある。

ワインはすごーく複雑

じゃあワインは美味しく無いの?

とはいえ番組の問題

ワインが忌避される要因

おまけ:今回のワインの解説

 

3行で;

・そもそもワインの美味しさを比べる番組では無い

・価格別に美味しいワインは確実にあるが、ワインは複雑なのでそれに出会うには専門家のアドバイスが必要

・高価すぎる物は、その価格故に嫌われる部分がある

・この10年でワインは随分身近になってきたので、そうした忌避感は今後もっと減って行くと思う

 

 

大多数が美味しいと思うものが世の中にはある。

 

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中トロは美味しい(美味しい

例えばさわやかのハンバーグだったり、ハーゲンダッツアイスクリームだったり、トロピカーナ・オレンジジュースだったり。

そうした製品は、低価格帯から高価格帯まで、幅広い価格があり、世の中に知られている製品カテゴリで、それなりに手が出しやすくて、実際味わいも美味しいので、大多数に支持されている。

もちろん嫌いな人・苦手な人もいるだろうが、大抵の人は美味しいと思うだろう(だから嫌う人はおかしいという話ではない)。

 

この記事を読んでいる人も、何か好きな食べ物があると思うけど、それは恐らくその食べ物のカテゴリでちょっと良いランクだったり、通常の味よりは自分の好みだったりするはずだ。

(もちろんスガキヤが好きとかチープな味が好きとかそういう嗜好はあるけど、とりあえず置いておいて欲しい)

 

基本的に多くの食べ物カテゴリで、安くて普通の味から高くて(大多数が思う)美味しい味というのが成立している。

ハンバーグ、焼肉、鮨、アイスクリーム、ハンバーガー、牛乳、オレンジジュースなどなど、思い当たる節は多いはずだ。

 

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焼肉も美味しい

そしてこれは、ワインも同様である。

 

 

ワインはすごーく複雑

 

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1つの生産者が畑別にワイン造ったりする訳です。畑×年でバリエーションは増える

ただ、ワインには複雑さと流動性の問題があり、それが多くの問題の原因となっている。

先に挙げたカテゴリは、多く流通していて、色々なところで食べることができて、再現性も高い(ハーゲンダッツは何時どこで買ってもハーゲンダッツの味だ)。

しかし、ワインは1000円程度のワインだとしても、広く流通している訳ではなく、どこでも買える/飲める訳では無く、また価格によって味の方向性が決まっている訳では無い。

 

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ワインバーのカジュアルなグラスワイン

広く知られているデイリーワインのコノスルやアルパカだって、一部のスーパーでは買えるといった程度でしか流通していない。

ましてや、3000円以上のワインで全国に流通している銘柄は、シャンパーニュモエ・シャンドンしか無いのではないか。

(なので、割とどこでも買える獺祭は、どこでも買える美味しさを作り出していて素晴らしい)

高いワインは、色々な銘柄が色々な場所で売られていて、買いたいワインを買うのも難しい状態だ。

 

そしてワインは多くの国・地域で生産されている「ローカルドリンク」であるが為に、その土地の味を反映して、多くの味わいのバリエーションがある。

 

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ボルドーサンテミリオン

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オーストリア・ヴァッハウ州 樹の手入れをする兄さんが大音量でメタルをかけてた


例えば、日本でもお雑煮だけで大まかに見ても40種類以上の味わいがある。

https://chefgohan.gnavi.co.jp/season/ozoni/

こうした種類を見ずに十把一絡げで「お雑煮」と言っても、あまり意味のある発言はできないと思う。

 

つまるところ、ワインは世界各地で造っている芋煮についての話と捉えて頂くのが良い(お雑煮より良い喩えを思いついたので切り替えた)。

世界各国のローカルな芋煮が、瓶詰めされて日本でまだら模様に売られているのだ。

 

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フランス各地のワイン

そして、バリエーションがあるのは飲み手である、我々人類も同じだ。

僕らは生まれも育ちも違うので、個々人で味の好みがある。

辛いのが好きな人もいれば、甘いのが好きな人も、酸っぱいのが好きな人もいる。

甘酸っぱい青春が好きな人もいる。

そうしてバリエーションの多い味覚と、バリエーションの多いワインが出会ったところで、それが中々マッチングする訳では無い。

 

つまるところ、大多数の認識するワインの味、高級ワインの味は、ワインのバリエーションが多いが故に、他のカテゴリ以上に細分化されている。

その結果、「たまたま価格が5000円する」ワインを飲んでも、それが自分の好みに合う可能性は低く、しかし価格のインパクトで高いワインは美味しく無いという主観的結論に帰着するのは、納得できる話だ。

 

 

じゃあワインは美味しく無いの?

 

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好きなので、ブルゴーニュ・モンラッシェG.C.までチャリで来た(気温1度・小雨・死ぬ)

じゃあワインは美味しくないのか?というと、そうではない。

自分にとっての美味しい味に出会うのが難しいだけで、美味しいと思えるワインは確実に存在する。

そして、その為に=複雑性を解決するためにソムリエという道先案内をする専門家がいる。

僕も、飲む人の好みのヒアリングをすれば、その人にとって美味しいと思う5000円のワインより美味しい高級ワインを確実に用意することができる。

 

ワインは世界の多くの国で生産され好まれているバリエーションの多い飲み物であり、そしてその複雑性故に専門家がいる飲み物だ。

こうした裾野の広さと複雑さがある飲み物、多くの人に愛されている飲み物に対し、敬意を持つこと無く極端なTV番組のケースを以て一般化するのは、傲慢な話だ。

 

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どれか好きなワインがあるはず

なお、高いワインは、お金を持ったマニア「が」飲みたいワインではあるが、お金を持ったマニアはワインの魅力に取り憑かれてマニアになっている。

そもそもの順番が逆なのだ。

美味しいワインがまずあり、それによってワインの魅力に取り憑かれる人が出てくる。

そして買いたい人が多くなり、供給量が(温暖化等の天候による生産量や、残存ボトル数の影響で)減少している為に、需給が高い価格で均衡している状態が現在だ。

この価格だけを見て批評するのは、浅はかで残念な話だ。

 

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生産者の娘さんが書いたオリジナリティ溢れるイラストがエチケットに使われているワインもある

また、ワインを目指す味にするには、土壌、樹齢、熟成などを考えると、30~100年程度かかる。

現在の「「お金を持ったマニア」に受けるようチューニングされた味」は、莫大なお金と技術を投資して頑張って運が良ければ50年くらいて造れるが、じゃあ50年後の「お金を持ったマニア」は今と同じ嗜好だろうか。

 

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ブルゴーニュ、ヴォーヌ・ロマネのグランクリュ、グラン・リュ。平均樹齢35年 トップクラスとしては若い樹齢

ついでに付け加えると、「客観的に美味」は大多数が支持する美味しさのことを指してるものと思われるが、「大多数の支持」が必ずしも客観的では無いのは、厳密に言語を使う人であれば知っておいた方が良い。

 

 

 

 

とはいえ番組の問題

 

あの番組にはワイン側からすると幾つか問題があって、設問の問題は既に番組内でGACKTが説明している。

・ワインの知識と経験、自分の感覚を元に、ワインを”特定”する番組

・美味しいワインを当てる番組では無い。

 

一流芸能人に、ワインの”鑑定”知識が必要なのかどうかは知らないが、まあそういう設定の番組なのだろう。

そしてこうした設定は、ワインが嫌われる原因の一端でもある。

 

 

ワインが忌避される要因

 

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全部熟成シャンパーニュ♡ この会のドレスコードはブラックタイ / ロングドレス

ワインには肯定的なイメージと、それを嫌ったイメージがある。

高級 vs 気取りやがって

フォーマル vs 気取りやがって

繊細・複雑 vs 酒に面倒なこと言うな

知識 vs 長々とうっとうしい話するな

 

これはどちらが正しいとか間違ってるという話では無く、今回のような番組や、ワインの飲み手、ワインの複雑性が作り出している対立だ。

 

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ボルドー、イエローベストデモで銀行が襲撃され、ATMも破壊された

高いワインを嫌いな芸能人が褒めていれば、高いワインを嫌いになる可能性は高い。

高いワインは高いので、その値段だけで嫌われるだろう。

5000円だって結構な高級ワインだし、100万は飲食物の価格では無いので、興味が無ければ存在自体が馬鹿馬鹿しく写るだろう。

ワインは繊細な飲み物なので、グラス・温度・サービスなどなど、その良さを引き出す為には色々と心配りをしてあげる必要があるが、それが煩わしい人もいるだろう。

ワインも他の多くの物と同様に、1本毎に物語りのあるものなので、興味も無いのにあーだこーだと説明されたり、あれ飲んだこと無いでしょとマウントされたりしたら、そもそも嫌いになるだろう。

 

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この写真だけで6時間以上は喋れる

まあワインって面倒なんですよ。

さくっと空けてぐびぐび飲めるワインから、話し始めると1時間かかるワインまで、幅広くあって、そして好きになった人は語り出したくなる。

そういう複雑で魅力的な飲み物なんです。

 

 

とはいえ昔より状況は随分良くなって、ワインはその魅力に取り憑かれた人の努力により、世界中から日本に美味しいワインが輸入されている。

 コンビニやスーパーでも美味しいワインが手頃に買えるようになって距離が縮まったので、今後はこうした忌避感は減っていくのではないかな、と思う。

なんとなくデイリーに美味しいワインを飲むようになり、TVを見ると芸能人が高いワイン飲んでるなー、そういえばこの間奮発して買ったあのワインは特に美味しかったなー、くらいの感覚になっていくのではないか。

 

TV番組や、面倒なワイン好きが問題/距離を作るのは、減っていって欲しい。

それに伴って、高級ワインを断片の知識だけで一般化するような話も減っていくと思うので。

 

 

 

おまけ:ついでに今回のワインの解説

 

”今回の”ワインを比較するには土地、生産者、生産年の3つの視点で見るのが分かりやすいと思う。

まず、共通した項目として2つ=土地の品種の話から。

 

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ボルドー中心街。ポイヤックはここから片道50km

土地:フランスのボルドー地方。世界で最も有名な赤ワインの生産地。ジロンド側を挟んで右岸と左岸があり、ワインのキャラクターが異なる。右岸はまったり繊細土の味、左岸はがっしりマッチョ系。今回のラトゥールは左岸。川の流れで堆積する土壌が異なり、その土壌毎に向いているブドウ品種が異なるので、右岸と左岸で味の違うワインが作られる。

 

品種:ボルドーの赤ワインはカベルネ・ソーヴィニョン、カベルネ・フランメルロー、プティ・ヴェルドの4種類が中心。これらを良い感じにブレンドして作る。左岸はカベルネ・ソーヴィニョン主体、右岸はメルロー主体。

 

 

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ボルドーのワイン博物館。楽しかった

1959 ch.ラトゥール

・土地:フランス、ボルドー地方の左岸、オーメドック地区、ポイヤック村(人口4800人の田舎。 沖縄県 国頭郡 恩納村と同じくらいの人口密度)

・品種:カベルネ・ソーヴィンニョン75%、メルロ20%、カベルネ・フラン4%、プティ・ヴェルド1%

・生産者=ラトゥール:ラトゥールはボルドー左岸の格付け(1~5級)の中で最上の1級に位置する、最上級のシャトー(生産者)の1人。カベルネ・ソーヴィニョン主体の、非常に男性的なしっかりとした味わいのワインを造る。味わいの濃さ、タンニンの濃さ、香りの強さなどがずば抜けている。

・生産年=1959:100点満点中100点の、完璧な天候の年。非常に暑い気候が続き、栽培は難しかったが、その暑さのお陰でがっしりとした強靱なブドウが出来上がった。収穫量は少ない。収穫開始日は9/20。

 

・つまり:ラトゥールは若い時はあまりにも強すぎて固すぎて、特濃エスプレッソを飲んでいるかのような感じがある。特に1959という素晴らしい年のものは、格段に濃く強いので、若く飲むには、飲む側に体力が必要。

しかし、61年間という長い熟成により、その濃さ・堅さがほぐれて優しくなり、退役軍人の好々爺のようになっている。晩年のショーン・コネリーのイメージ。フレンドリーに近づいて来るけど、きちんと端正で、その奥底には力強さと筋肉と汗があり、そして年を重ねる事で滲み出る雰囲気が伴う。枯れていることで、出汁のニュアンスや、乾燥したハーブといった、”馴染みのない香り”が出ているはず。

とはいえ、このくらい熟成したワインだと、ワイン自体のスペック以上に、どうやって保存されていたかが非常に重要になる。

なお、サービスに置いてはデキャンタージュすべきでは無い。パニエに寝かせて、静かに注ぐ方が良い。

 

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ボルドーはワイン流通の多い場所でもあるので、古いワインも売ってる

1976 ボルドー赤ワイン

・土地:フランス、ボルドー地方 とまでしか出ていないが、ラトゥールと比較してこちらに誘導させるなら、同じポイヤック村のものを選ぶ筈。

・品種:同様に、カベルネ・ソーヴィニョン主体、おそらくカベルネ比率が高い物を選ぶことで、味を分かりやすくしている。

・生産者:不明だが、価格から考えると3~5級。

・生産年:1976は100点満点中75点の、良くも悪くも無い年。9月頃までは1959と同様に暑く乾燥した年だったが、9月中旬に大雨が降り、収穫前のブドウが水を吸ってしまって薄まってしまった。収穫量は多い。収穫開始日は9/13。

 

・つまり:平均的な年に造った、若い時は濃いワインが、44年の熟成で丸くなり飲みやすくなっている。

スパイス、黒いベリーの香りがあり、タンニンは柔らかくなって受け入れやすい、素直な味わいになっているはず。

なお、このワインは絶対まともに5000円で買ってない。

現在のポイヤックの相場からすると、WSで最安に近いポイヤックのアイテムで日本で5000円程度で買えるアイテムは、1976という古いVTが残っていない(安いワインをわざわざ寝かせる人はいるけど少ない)

https://www.wine-searcher.com/regions-pauillac?tab_F=cheapest

恐らく1.5~2万円くらいで買ったものを、5000円という体で出している。

そしてその為に、銘柄を明らかにしていないと思う。

とはいえ5000円で買っている可能性もあって、オークションか埋蔵品で安いのを買っているか、過去5000円で買ったワインを出しているか、どちらか。

こちらもサービスする際には、デキャンタージュせずにパニエから静かに注ぐべき。

 

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1995偉大年と1940普通年のラトゥール

比較の仕方選び方;

まず、赤ワインは熟成によって色が薄くなるので、光にかざすか白い紙の上で、ワインのエッジの色の濃さを見れば熟成の度合いが分かる。

これで熟成年数がわかり、そして熟成していれば高いので、より熟成している方を選べば高いワインにほぼ正解できる。

極端な話、今回のワインの質問は飲まなくても知識だけで70%正解できる、味と無関係な問題でもある。

 

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1995の色

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1940の色


ただ、1959偉大年偉大生産者と、1976普通年普通生産者で、そこを上手くコントロールしていて、色の違いや、味の丸みが大きく違わないように揃えてきている。

ここから、香りにより枯れたニュアンスや、より長く寝かせたニュアンス、ワイン・VTの偉大さの名残が見えるかどうかで、判定できる。

多分1976は普通に美味しい感じで、1959ラトゥールは飲みやすい部分はあるけど何か良く分からない所があるけどなんだこれ?になるはず。

 

おまけでこれは、丁度今回のワインの中間とも言える1978良年レ・フォール・ド・ラトゥール(ラトゥールのセカンドワイン)。

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僕がボルドーで一番好きな銘柄(ラトゥール本体より好き)

 

余談

なお、僕の正月ですが、ブルゴーニュサイクリングによるひどい腰痛が再発して年末からずっと丸くなっていて、尿意があるにも関わらず腰が痛くて動きが50cm/sな瞬間は限界でした。

食事は頂き物の大根消化の為に、連日おでんです。

年末年始は12月に撮影した写真の整理と、1年分の写真の年度移行作業をしてました。

忙しいので1週間ほどお酒飲んでないです。

お年玉ください!!!!!

item.rakuten.co.jp